~「カラス」と「書き物机」で検索されてしまった人のために~

2010年07月04日
アクセス解析を見たところ、
ある一日だけものすごい件数になっていて(当社比)社?
検索キーワードが「カラス」と「書き物机」・・・
・・・実は以前からこのキーワードでいらっしゃる方ぽつぽつとはいたのですが
その日を境に毎日毎日どなたかしらこの検索ワードでいらっしゃってるのです。
うん。4月18日!!間違いなく映画「アリスインワンダーランド」ですね!!
ティムバートンは大好きです。
そして大変申し訳ありません。解説サイトではありません!!

・・・っていうか。これってまず説明しようとすること事態がナンセンスで
かっこ悪いこととは思うのですが。。。
それでも続きを読む人はどうぞ↓
長いよ?
そして、あくまで「解説」ではなく「私見」です。
それでもまぁいいや見てやろう。って人だけどうぞ。

「なぜカラスは書き物机に似ているのか。」にまつわるドードー巡り。



「なぜカラスは書き物机に似ているのか。」

これはルイス・キャロル著「Alice's Adventures in Wonderland」7章「A Mad Tea-Party」で
「The Hatter」が主人公「Alice」に問うたことですが
「不思議の国のアリス」の作中に答えは出ません。

「答えのないなぞなぞ」として有名なもののひとつです。
だからと言って「答えは無い」というのが「正解」かというと、そう言い切るのも微妙。
話の中ではこの問題は置きざりで話が進み「答えが無いのが正解」とは原作に明記されてないから。
というわけで原作でも正解があるわけではないので、

「答え」を考えさえすれば、ある意味「どれも正解で、どれも不正解。」。
これこそアリスっぽいですよね。

でもやっぱなんかしらの答えがあるんじゃないだろーか???と思うのが人情ってもんです。
ちなみに英語は全然できません!!もっとも苦手な科目の1つです!!
得意科目はごたぶんに漏れず国語ですよ。
それではいってみよーやってみよー。

原文「Why is a raven like a writing desk?」
直訳「どうしてワタリガラスはライティングデスクに似ていますか?」

カラスと言ってますが「crow」ではなく「raven」となっているので
ただの「カラス」ではなく「ワタリガラス」という種類のカラスになります。
ワタリガラス(大鴉)は、ちなみに北欧神話でオーディンが飼っていたりします、旧約聖書では凶兆。
机もただの「desk」ではなく「writing-desk」なので「書き物机」。

その辺になぞが隠されていような気もしますが
ただの「raven」「like」「writing」と韻を踏んだだけの
ナンセンスの賜物だと思ったほうが面白いと思うんですがね…?
どうでしょうか?

まだ読むなら続きをどうぞ。長いですよ。





ひとつの問いにひとつの答えがあるいわゆる「なぞなぞ」ではなく

「○○と○○かけてなんととく?」
「そのこころは両方とも××だ。」
という風な答えは、もちろんたくさんの人が答えを出しています。

でも実は出版当初も問い合わせが多かったそうで
キャロル自身も1896年版の『アリス』の序文で
(亡くなる前年1897年まで改定がされています。どれだけ思い入れが…)
序文にその答えを出しているので、それが正解かといえば正解なのかも・・・。

でもそれこそが「最大の謎」というか「ナンセンス」になってます。

原文「Because it can produce very few notes, though they are very flat;
    and it is nevar put with the wrong end in front!」

直訳「なぜならそれはほんのわずかな「notes」を作りだすことができます、
もっともそれらは非常に「flat」です。
   そしてそれはいまだかつて(nevar)最初と最後の置き方を間違えたことはない!!」

「Note」と「flat」は掛詞になっています。

「note」 覚え書き, メモ,(鳥の)鳴き声, さえずり、特徴, 特色, しるし;
  隠れているが本質的な)要素;暗示, 意味

「flat」 平坦、単調

そして最後の「nevar」というのが曲者で「never」の綴り間違いのようにも見えるのですが
(※「nevar」という単語は存在しない。)

「最初と最後の置き方を間違えることはない!」と言い張るその文の中に入っている
この「nevar」を後ろから読むと「raven」となっており、
最初の問いの「Why is a raven like a writing desk?」の
ワタリガラス「raven」が出てきます。。。
(※初版では出版社が誤修正し「never」とされていると言われています。)

掛詞が入っている上に、逆さ読みが入っているとなると
これ…訳したものには何の価値もないでしょう?


しかももっとごちゃごちゃな気分になることをいうと

「The Raven」(大鴉)というエドガー・アラン・ポー(米)の物語詩で
人語を話す大鴉(The Raven)は「Nevermore」と叫びます。

・・・関係あるようなないような。
※Nevermore=二度と(再び)…しない.

ちなみにこの詩自体はざっくり言うと
「Nevermore(二度とない)」とだけ喋る大鴉が恋人を亡くした主人公の部屋にやってきて、
主人公はいろいろカラスに問うて、自ら絶望し気が狂う」といったような内容です。


かなり不思議な内容です。面白いですよ。
イングランドでもこの「The Raven」は流行ったそうです。

アリスの方がこの「The Raven」より後に発表されています。
この「The Raven」が掲載されたのは1845年1月29日、
アリスの出版は1865年7月4日に20年後。

※ちなみに一番最初からこの「Why is a raven like a writing desk?」という
 問いが入っていたかどうかは分かりませんが
 ドジスン教授が「リデル家の三姉妹に語った」とされている
 いわゆる「黄金の昼下がり」は1862年7月4日。
 ドジスン教授による手書き本が書かれたとされるのは翌年「1863年2月」
 アリスにクリスマスプレゼントとして渡したのが「1864年11月26日」


…年代的に考えて影響を受けていないとは言い切れない気も。。。
2010年を生きる日本人にはともかくとして
少なくともルイス・キャロルことドジスン教授が
「Raven」と「Never」の組み合わせがこの時代のイギリスの読者に何を想起させるかを
ご存じなかった訳はないようにも思われます。。。

実際、サム・ロイド(米:1841年-1911年)という天才とうたわれたパズル作家は
この「Why is a raven like a writing desk?」に対し

「Poe wrote on both」(どちらもポーがそれで書いた)

「両方とも、ポーが(机の上で=on、大ガラスについて=on)書いた」
というのを解答の一つとして上げています。


確かにルイス・キャロルも
「Because it can produce very few notes, though they are very flat」
という解答を出している訳ですが、
なぜそのあとに「and it is nevar put with the wrong end in front!」とつくのか…。
これって必要?とも思われるわけです。

確かに逆さ読みすれば「Raven」とはなりますが
はたしてそのダジャレの為だけに入れたのか!?・・・まぁありうるか。

でも、それ自体が本質的な解「Poe wrote on both」(どちらもポーがそれで書いた)
を示唆する「never」を含んでいる気もしなくもないという気も。。。ねぇ?

「キャロル自身解答を用意していなかった」という書かれ方もされてますが本当のところは分かりません。

無意味に意味を見出そうとすること自体が無意味な気もしますが
個人的にはこの「どちらもポーがそれで書いた」が答えとして一番、
理にかなっているかなと思っています。

あとこれはまったくの余談ですが、ティム・バートンのいくつかの作品でも
この「The Raven」から引用されているとこがあります。


アリスを心から理解するためには単に「英語ができる」だけでなく
マザーグースで育てられているなきゃ無理だろう!?って思っています。
英語圏で育っていないと分からない感覚が多すぎます。。。
これは勉強して理解するような感覚じゃない・・・。

子供の頃から身体に染み付いてないと理解できないことが多すぎる。
訳しようにも英語の駄洒落のようなものが多いし、駄洒落だけならともかく、
私たちはマザーグースや英語の諺、実際に英語圏に存在するものを
感覚として捕らえることができない。

「ハンプティダンプティ」ならマザーグースの中でも有名どころなので
卵を思い浮かべることもできるでしょう。
「王様の馬と家来がみんなかけつけるんでしょう?」と言ったアリスの発言にも頷けるってもんです。

でも「トウィードルダムとトウィードルディー」になるともうお手上げ。
彼らの名前を聞いただけで彼らが喧嘩してる理由から結末まで思い浮かべられますか?

「海ガメもどきのスープ」(という名前だけど実際は牛の肉)なんて
私たちの食卓に存在しないし、食べたこと無い。
「チェシャ州の猫のようにニヤニヤ笑う」ってどんな意味?
そもそもチェシャ州ってどこにあるの!?

こういうのって本当に悔しいなぁと思います。
きっと日本語圏で日本語を糧に育ってきた人には
本当の意味では一生理解しえないのだと思っています。

話ずれますが
「このはしわたるべからず。」って英訳可能だと思いますか?
今「あー。」と思った人、その感覚!!
(「あー」と思わなかった人は多分年代的なものなども関わるのでお気になさらず。。。)
日本語読みだと「この「橋」渡るべからず。」「この「端」渡るべからず。」どちらでも読める。
でも訳すとなるとなんとも・・・。

・・・そして「このはしわたるべからず」で
「あーっ」て思った人の大部分はこのオチ(?)知ってますね?
いわく、「(端を通っちゃだめなら)真ん中を渡ればいい。」。
あともう一つ、一休さん思い浮かべませんでしたか?

英語圏に育った人でものすごーく日本語に詳しい人がいるとして
「このはしわたるべからず」と聞いて
いったい何人が「真ん中を渡ればいい」という解答(?)が分かると思いますか?
そして「一休さん」を思い浮かべると思いますか?

たぶんそういうことなんじゃないかと思います。違うかもしれないけど。
(・・・もっと全世代の日本人に対応できる上手い例が思い浮かべられば良かったんですが
素人にはこれでせいいっぱい。)


あと

「古池や 蛙飛び込む 水の音」

Old Pond - Frogs jump in - sound of water

The ancient Pond - A frog jumps in - The sound of water

An old quiet pond, - A frog jumps into the pond - Splash! Silence again.

※Pond=池 ancient=古代の Splash=じゃぶん、ばしゃん(はね散らす音)

3つの英訳、どれもちゃんとそれぞれ訳してます。


・・・でも日本で日本語で育った人にはどれもこれもなんだか残念な感じがすると思います。
特に一番上のは「Frogs」って「カエル」複数なの!?みたいな。(ちなみに小泉八雲訳・・・)
最後のも、雰囲気をお伝えしようという姿勢は感じるけど、あー。そこまで説明しちゃったか!!的な。

たぶんアリスの日本語訳に関する違和感ってこんな感じかなのなぁと勝手に解釈しています。
どれもこれもあってるんだけど!!あってるんだけどっ!!


というわけで(!?)


無意味に意味を見出そうとすること自体が無意味な気もしますが

藤屋人形館的答え2種。

「なぜカラスは書き物机に似ているのか。」

 「両方ともエドガー・アラン・ポーが書いたから。」

 「なぜなら机もカラスもちょっとした声を上げることができます。
  書き物机はそこでメモを書くことで、カラスは鳴くことで
  でも二つともただの騒音に過ぎないのです。」

「不思議の国のアリス」は本当に訳者の力量が問われる一冊です。
アリスを読む場合には1冊で満足するのではなく
何冊か違う訳者の本を読んでみることをお勧めします。訳がかなり違います。

気に入る訳、気に入らない訳があるかと思います。
また、解説本を読む場合でも1冊ではなく何冊かを読むことをお勧めします。
捉え方なんて人によってそれぞれですから。
1冊読んでそれだけ信じてるとイタイことになりかねない。

この、あなたが今お読みの私のブログも含め。

とりあえず「メディアリテラシー」と3回唱えといてください。

そして、こんだけ言っといてなんですが訳文の妙味ってそれはそれでありますよね。
「鏡の国のアリス」って邦題つけた感性は素敵だと思います。
(原題:Through the Looking-Glass, and What Alice Found There)


「聞いてない、誰もそこまで聞いてない。」
オタクののめり込む性質をいかんなく発揮したたわごとに
ここまでお付き合いいただきありがとうございました!!


【追記】
いろんな検索ワードで飛んできていただけて嬉しいです。
拍手でコメント、反論などお送りいただけますと幸いです!!
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